私立医学部受験に向けて、そもそも知っておくことって何だろう?
医学部受験を取り巻く現況は?
国立大学とのからみは?
入試のシステムは今後どう変わる?
受験科目の対策以外にもいろいろと知っておくべき情報はありそうだ。
そこで教育雑誌・ルートマップマガジン編集部編集長の西田浩史氏を進行役に、小論文書籍も多数執筆を手掛けるグラダス教育総合研究所所長の中塚光之介氏を迎え、私立受験の現況とポイントについてマインドマップに落としながら、整理してみた。
【mind map】「大切なのは、受験全体を『自分事化』して考えること。そうすれば合格に近づく」志望理由書・小論文・面接のポイント
自分事としてどこまで想像できるか。
その感性と知を鍛えることが必要
入試は学科試験だけではない
西田 さて、ここからは実際の入試における対策法やポイントを中塚先生に伺いたいと思います。医学部受験では一般試験以外に大学によって多少の違いはありますが、「志望理由書」「小論文」「面接」の3つの試験が課されます。
中塚 「志望理由書」「面接」はほぼ全大学で、「小論文」は私立のほぼ全大学と、国公立の後期試験で採用されています。では、なぜこれがあるのか考えてみてください。
西田 学科試験だけではわからない、例えば人間性などを見たい、ということでしょうか。
中塚 そういうことです。大学としてはもちろん『良医の育成』ということを目的としていますから、必然的に、その大学がかかげる医師になれる資質がある人材を選びたいですよね。
西田 なるほど。よくわかります。
中塚 また、実際に学科試験の点数を考えてみてください。例えば、合否ライン内に同じ点数の学生が何十人といたとして、その中で合否を判断しなければならない場合には、確実にこれらの3つが影響してきます。こういうことは、あまり知られていないと思います。
西田 確かにそうですね。先生の本を読むとだいたいわかるのですが、ここであえて言うなら、志望理由書などに書くべき必須要件みたいなものはあるのでしょうか。
中塚 そもそも医学部は医学および医療を担う人材を養成することが目的です。ですから当然ですが、まずは医療従事者としての資質が求められるでしょうね。
西田 志望理由書・小論文・面接でその資質を問うているわけですね。
中塚 医療者の資質はひと言でいうと、「コミュニケーション力」と「医療背景の知識」です。
西田 医療知識だけでは測れない部分をコミュニケーション力で見るということですね。学力はもちろんですが、それだけでは医学部に入れないということになりますか。
中塚 そうですね。医学部の場合、人間の健康や生命を扱う仕事ですから、より高い医学・医療や将来の医療人としての心構えが求められます。他者に対して寄り添い、信頼関係を築けるコミュニケーション力が鍵となってきます。
疾病構造の転換を知り、関心を持ち具体的に考えてみる
西田 具体的にはどのような背景を知り、関心を持つべきなのでしょうか。
中塚 第一に「疾病構造の転換」を理解することですね。日本では戦後すぐの時期まで、感染症が医学・医療のメインターゲットであり、急性疾患への治療が重要視されていました。しかし1990年代以降、生活習慣病をはじめとした慢性疾患が増加し、そうした患者に予防を促していくことが求められています。
西田 完治が困難な病気を抱える人が増え、治療から予防へと変わってきているわけですね。
中塚 加えて、高齢者医療や終末期医療、地域医療、先端医療などの問題があります。例えば高齢者医療は、もはや地方だけの問題ではなく、日本中のそれぞれの地域で問題とされ必要とされる医療です。
西田 そうした中では医療者の役割も変わってきていると。
中塚 生活能力が低下していく高齢者に対しては、医療者は病気の診断や治療に加え、日常生活のサポートが求められています。また、人生の最終段階で受ける医療やケアについて、医療者と患者本人とご家族で繰り返し話し合い、患者の希望や価値観に沿った医療やケアが求められています。「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と呼ばれるものです。
西田 将来の変化に備え、最期まで自分らしく暮らせるように、将来の医療やケアを具体化しておくということですね。
中塚 例えば、「インフォームドコンセントとは」と聞かれた時に「説明した上で同意を得ることです」と答えても何の意味もありません。
西田 キーワードとしては間違っていないと思いますが、、、、
中塚 ある慢性疾患をかかえた患者は「これからどういう風に治療をし、どういう風に生活をし、どういう風に生きていくのか」ということを自己決定していかなければいけない。人生に関わってくる大切なことです。それを判断するには情報が足りないので、医療者からその情報を受け取ります。その場合に医療者は、医療者だけがわかる知識や言葉で伝えるのではなく、「この病気でこうなった時に、こういう生活が可能になります」というように、より具体的に、患者が納得して自己決定できるまで説明し、合意するのがインフォームドコンセント、という背景まで理解しているかということです。
西田 普段の高校生活から遠いかもしれませんが、こうしたテーマに関心を持ち、自分ならどうするか考え、言語化してみることが必要になってきますね。
中塚 これだけに限らず、前述したような様々なテーマをどれだけ具体的に考えられるかが、医療への関心や理解の高さを示すことに繋がります。
西田 そういうことが志望理由書や小論文、面接でのアピールポイントになるということですね。
治療からサポートへ
求められる「コミュニケーション力」
西田 それでは、まず志望理由書のポイントを伺えますか。
中塚 医療への関心を示すことはもちろん、志望する大学のことを知り、大学への関心を示すことが必須です。
西田 先生の本を見ると『志望理由書は、大学へのラブレター』と書いてあります。
中塚 そうです。「貴学(志望する大学)のこんなところが大好きだ」「自分のこういうところを好きになってほしい」を伝える、まさにラブレターです。
西田 とてもわかりやすいですよね。
中塚 例えば地方の医大の場合、その大学を知り、その地域の医療の状況と大学の役割を調べて考えてみることです。また、その地域の中で総合医や家庭医として働く自分をイメージしてみることです。
西田 具体的に医療人としての自分を志望大学に合わせてイメージしてみるわけですね。
中塚 自分の将来を描き、「そうした背景や特長があるから『私はこの大学で◯◯◯◯を学びたい』」というストーリーですね。また、高校までの「(過去の)学びや経験」が「志望大学での学び」に結びついていることをアピールできるとよりよいですね。
西田 この大学ならこれまでの自分の経験が活かせるという話ですね。
中塚 小論文や面接でも、先に述べた「疾病構造の転換」は基本になります。昔の感染症のように「治療すれば治る病気」ばかりではなく、「治療してもすぐには完治しない病気」が増え、医師と患者の様子も変わってきている。慢性疾患が増え、一人の患者に費やす時間も圧倒的に増えています。
西田 医師と患者の関係も変わってきていますね。
中塚 患者に対してサポートするのが現代の医師の役割です。特に生活習慣病のような慢性疾患や高齢者医療においては、患者の日常生活を把握し、それぞれに異なる対応が求められます。
西田 やはり鍵となるのは「コミュニケーション力」ですね。
中塚 患者の話を積極的に聴き、コミュニケーションを取りながら意思疎通を図り、信頼関係を築くことが大事です。生い立ちやご家族のこと、趣味や好きなことなど、患者ごとに異なりますから、一人ひとりに寄り添った対応が求められます。地方の総合診療医や家庭医などはまさにそうですね。地域の生活の中に馴染んでいて、普通に町中で患者と会話を交わしたりしています。そうしたいろんな可能性の中で活躍できる、あるいは活躍したい自分をイメージしてみることです。
西田 しかし、受験生には大学に入ってからや卒業後のなりたい医師像など、なかなかイメージしづらいとも思いますが。
中塚 確かにそうです。しかし繰り返しますが、医学部入試は医療従事者としての資質を問うものですから、わからないながらも先に述べた医療背景のテーマなどの情報を自分で集め、その情報をもとに想像力を働かせることが大切です。想像力を広げ、自分事として捉え、自分なりの答えを用意することです。
西田 そういう力がある人こそこれからの医療人にふさわしい人材で合否の判断に繋がるということですね。
どのようにして「コミュ力」を育て、磨くのか
西田 近年の面接の傾向はありますか?
中塚 定番の「学生時代に力を入れたこと」に加えて、「過去のネガティブ経験を述べよ」という質問のケースを聞きますね。どんな経験をして、どのように大変で苦しかったか、それをどうやって乗り越えたか。コミュニケーション力はもちろん、課題解決力を見ているのでしょうね。
西田 先日予備校で聞いたのですが、面接の最後に「他に何かありますか?」と聞かれることがあり、それにどう答えればいいか悩んでしまう、という声がありました。
中塚 何でもいいから、答えるべきです。「とくにありません」は絶対にやらないこと。「ウチの大学に興味がないの?」といった印象を与えかねません。志望動機など話した内容で言い漏れたことを補足したり、大学や講義や実習などについて逆質問したり、何か思うことを伝えるべきです。
西田 こんなときにすぐに反応できるように普段から視野を広げておくことが大事ですが、受験生の年齢では自分の経験以上のことをなかなか話せないのが現実ではないでしょうか。
中塚 自分事として、どこまで想像を広げられるかでしょうね。家族や友人など自分に近い人の病気や怪我は親身になって考えられるものです。しかし、テレビやインターネットで見る事故や災害などのニュースはどこか遠くて他人事になってしまう。少し遠い出来事や問題に対しても想像力を働かせて、自分事として考え、頭の中でそこに身を置いてみることです。
西田 先ほど先生が仰った慢性疾患や終末期医療、先端医療の事例などをきっかけに考えを深めていくことですね。
中塚 そうやって経験の事例を増やしながら、親身に思いやれる他者の範囲を広げていくことです。
西田 医師は常に他者(患者)に寄り添うわけですから、なおさらですね。
中塚 そのためには、我々大人が彼らの経験や想像力を広げる機会をより多く設けてあげなければなりません。私は医学部こそ「高大接続」に積極的に取り組むべきだと思っています。
西田 高校生のうちから医学生や現役医師に触れる機会が持てるのはいいですね。
中塚 実際の医師の現場でのエピソードや課題など、そうした話に触れることで間違いなく想像力が磨かれます。もちろん医療以外の映画や音楽、芸術、スポーツなどにも興味を持つことも大切です。想像力と感性が刺激され、感じたことや思い、疑問などを自分の言葉で言語化していくことです。
西田 言語化する力は、やはり本を読んでいる人が強いですね。
中塚 読むことと書くことは繋がりますからね。いずれにしても筋道を立てて論理的に語れることは、医師が患者や医療チームと信頼関係を築くためには必須です。大学は、こうした点を志望理由書や小論文、面接を通して医療従事者としての資質をチェックしているわけです。
西田 ただ暗記するだけでは医学部受験を突破することは難しい。
中塚 その通りです。医療の現状や課題を知り、自分事として捉えて、自分の視点や思いなどを自分の言葉でストーリー立てて話すことです。医学部には多大な公費が投入されているわけですから、医療従事者として資質のある人を厳格に選ぶ義務が大学にはあるわけです。
西田 それほどの道への挑戦ですから、受験生の側も心して臨むべきだと。
中塚 たとえ経験がなくとも、想像力をフルに発揮し、いま持っている資質をさらに磨きながら臨んでほしいですね。受験生のみなさん、頑張ってください。成功を祈っています。
西田 中塚先生、本日は貴重なお話をいただき、どうもありがとうございました。
中塚 ありがとうございました。
Profile
中塚 光之介
Konosuke Nakatsuka
ルートマップマガジン社 グラダス教育総合研究所 所長、河合塾講師、大正大学専任講師。大阪府生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、2003年から河合塾小論文科講師(医系小論文、AO・推薦対策などを担当)。これまでに指導した生徒は約35,000人にのぼる。他、医系テキスト、全統医進模試プロジェクトを担当。主な著書に『採点者の心をつかむ 合格する看護・医療系の小論文』『採点者の心をつかむ 合格する小論文のネタ[医歯薬/看護・医療編]』(いずれも、かんき出版)など。今年3月上旬、『採点者の心をつかむ 合格する小論文のネタ[社会科学編]』(かんき出版)が新刊。
※肩書きは2023年6月取材時のもの
西田 浩史
Hirofumi Nishida
追手門学院大学客員教授、ルートマップマガジン社取締役。2016年 ダイヤモンド社『週刊ダイヤモンド』記者(学校・教育産業担当)、学習塾業界誌の私塾界『月刊 私塾界』記者、塾と共育社『月刊 塾と教育』記者。追手門学院大学アサーティブ研究センター客員研究員を経て20年から現職。『東洋経済オンライン』『ダイヤモンドオンライン』『週刊東洋経済』『週刊ダイヤモンド』『サンデー毎日』『週刊エコノミスト』『週刊朝日』など週刊誌へ医学部関連記事の寄稿多数。著書に『医学部&医者』(週刊ダイヤモンド 特集BOOKS ダイヤモンド社)など。全国5,000塾、約20,000人を取材。
※肩書きは2023年6月取材時のもの
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※2023年6月時点の取材内容
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