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日本私立医科大学協会 会長であり、岩手医科大学理事長でもある、小川 彰氏が医学部受験生におススメします!(2023年11月 取材)
小川 彰 氏のインタビュー記事はこちら
小川氏が勧めるのは、医師としてだけではなく、官僚、政治家としても活躍した後藤新平の漫画と評伝だ。
漫画は、後藤新平の71年の生涯を一気読みできる。1857年に岩手県奥州市で下級武士の家に生まれた後藤新平は、16歳のとき福島の医学校に入学。19歳で愛知の病院で働き始め、わずか24歳で愛知県医学校長兼病院長となった。その翌年、岐阜県での遊説中に暴漢に襲われた板垣退助を治療。「当時は、県外の診療は知事の許可が必要だったが、後藤新平は緊急事態にすぐに駆け付けたそうです。官僚や政治家になってからは、大規模検疫、都市計画など、医者でなければできない偉業を成し遂げました。
漫画はすぐ読めますから、受験勉強の合間にぜひ読んでほしいですね」
漫画の参考文献のひとつとなっている評伝。
32歳でドイツに留学した後藤新平は、帰国後、内務省衛生局長になる。38歳のとき、日清戦争の帰還軍人のために、2カ月間で3か所の検疫所を完成させ、2カ月間で約23万2000人もの検疫を成し遂げた。「検疫はコロナ禍で話題になりましたが、短期間でこれだけの人数の検疫を実施したのは、世界に誇れる偉業です」。
その後、台湾総督府民政長官、南満州鉄道総裁に就任。帰国後は逓信大臣兼鉄道院初代総裁として国鉄の基礎を築き、内務大臣、外務大臣なども歴任。63歳で東京市長になってからは、衛生的な下水道を完備して公衆衛生に力を入れ、関東大震災後には復興の都市計画にも尽力した。
『後藤新平 外交とビジョン』北岡 伸一/中央公論新社
こちらの記事掲載冊子は「ForMマガジン 03」です。
※2023年11月時点の取材内容
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