【 概 要 】
日本大学医学部血液膠原病内科学分野の中村英樹教授らの研究チームは、国の難病に指定されているHTLV-1関連脊髄症(HAM)と、自己免疫疾患の一つで同じく難病指定のシェーグレン症候群(SS)が合併するメカニズムの一部を解明しました。細胞株を使った研究で、HTLV-1ウイルスに感染した細胞が、SSの抗体を作る別の細胞の働きを抑制していることを確認しました。研究チームでは「新しい治療法の開発につながる可能性がある」と話しています。
本研究は、2025年1月8日にEuropean Journal of Immunology誌に掲載されました。
タイトル:Direct inhibitory effect of HTLV-1-infected T cells on the production of anti-Ro/SS-A antibody byB cells from patients with Sjögren’s syndrome.
著者:Nagata K, Tsukamoto M, Nagasawa Y, Kitamura N, Nakamura H.
掲載誌:European Journal of Immunology
DOI:10.1002/eji.202451279
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/eji.202451279
【 研 究 内 容 】
研究背景:
ウイルス感染と自己免疫疾患の関連は古くから言われていますが、その機序にまで踏み込んだ研究は少ないです。九州南西部での疫学的研究ではSS患者でHTLV-1感染頻度が高いことが知られており、免疫学的な解析によりHTLV-1がSS患者唾液腺上皮細胞(注6)へ感染し炎症を惹起することや、HAMに合併したSS患者唾液腺組織ではHTLV-1 のtax/HBZ遺伝子(注7)発現が見られることが明らかとなっています。これらの知見はHTLV-1感染がSSの発症要因になりうることを示していますが、一方でHAM合併SSにおいては、SSに特徴的な自己抗体の陽性頻度が顕著に低いことの原因が不明でした。
研究結果の要点:
✓SSおよび健常人末梢血単核球(注8)より分離したB細胞を放射線照射したCD40L発現EL-4細胞(注9)と混合培養する系にインターロイキン(IL)-2、IL-10、CpG(注10、11)を添加することで非特異的IgGおよび抗 Ro/SS-A 抗体の産生を効率に誘導できる試験管内抗体産生系を確立しました。
✓この試験管内抗体産生系において、健常人由来B細胞からの非特異的IgGや抗サイトメガロウイルス抗体およびSS患者由来B細胞からの非特異的IgGやRo60/SS-A抗体の産生がいずれもHTLV-1感染T細胞株(MT-2およびHCT-5)(注12)の添加で顕著に抑制されました。
✓MT-2およびHCT-5はHTLV-1にコードされるTaxおよびgp46蛋白を発現していましたが、これらの細胞と共培養した B 細胞にはTaxおよびgp46の発現が認められないことから共培養B細胞にはHTLV-1ウイルスが感染していないことが確認されました。
✓MT-2およびHCT-5 は従来の報告にあるようにCD70やICAM-1(注13)を高発現し、TGF-βや免疫チェックポイント関連分子PD-L1/2(注14、15)を発現していましたが、これらの分子に対する阻害抗体の添加ではIgG産生抑制作用は解除できませんでした。
✓Transwell(注16)を用いた検討により、HTLV-1感染T細胞株とB細胞が直接接触しなくても弱いながらIgG産生抑制が起こることも明らかとなりました。 ✓HCT-5はFoxp3やTIGIT(注17)等のTreg関連分子を発現していたため、HTLV-1感染T細胞株のTreg様作用を想定し、今回確立した抗体産生系に自家調製したTregおよびnon-Tregを添加したところIgG産生の抑制は意外なことにTregでは認められずむしろ刺激したnon-Tregで認められました。
教室主任教授の中村英樹チームリーダーは、今回のHTLV-1感染T細胞株を用いた研究により、HTLV-1感染T細胞が、HTLV-1ウイルスを介することなく、細胞間の接触および液性因子を介してB細胞に直接作用し抗体産生を抑制することが明らかとなり、希少疾患であるHAMに合併したSSにおける抗 Ro/SS-A 抗体低頻度の免疫学的機序の一端が証明できたと述べています。
【 今後の展開 】
HTLV-1感染T細胞がシェーグレン症候群患者B細胞からの抗体産生を抑えることと、その機序の一端が明らかとなりました。一方、自家調製Tregが同一条件下で抗体産生抑制を示さなかったことから、HTLV-1感染T細胞が抗体産生を抑制する機序についてはTregとは異なる分子機構を想定しています。今後はHTLV-1感染T細胞株が示す抗体産生抑制活性がHTLV-1のtax/HBZ遺伝子に依存しているのか、刺激non-Tregと同様な抑制様式を示すのか等を手掛かりにして抑制の分子機構の解明を進めてゆきます。さらに、HTLV-1感染T細胞が生体内においてどのようなヘルパーT細胞(Th)サブセット(注18)に感染しているのかも生体内での機能を知るうえで重要な点であり、長崎大学との共同研究において臨床検体でのThサブセット解析も進める予定です。これらの解析によりHAMに合併したSSの発症機序の解明や未だに難治性であるATL、HAM等のHTLV-1関連疾患の病態解明、予防・治療につながることが期待されます。
【 用語解説 】
(注1)human T-cell leukemia virus type 1 (HTLV-1):HIVとともに代表的なヒトレトロウイルスであり、成人T細胞白血病(ATL)やHAM、HTLV-1関連ぶどう膜炎(HAU)の原因ウイルスとして知られています。
(注2)HAM:HTLV-1の脊髄への感染により痙性麻痺や膀胱直腸障害をきたす難病です。
(注3)シェーグレン症候群:眼・口腔乾燥や抗Ro/SS-A抗体を有する代表的な自己免疫疾患であり難病に指定されています。
(注4)抗 Ro/SS-A 抗体:シェーグレン症候群にみられる血液中に出現する自己抗体です。
(注5)Treg:CD4+CD25+Foxp3+マーカーを持つT細胞サブセットであり、他のエフェクターT細胞を抑制する機能を有します。
(注6)唾液腺上皮細胞:シェーグレン症候群では唾液腺へHTLV-1が感染しますが、上皮細胞は唾液腺を構成する一個一個の細胞です。
(注7)HTLV-1 tax/HBZ遺伝子:HTLV-1にコードされる代表的な遺伝子で感染細胞の活性化や不死化を誘導します。
(注8)末梢血単核球:人の血球成分のうち、核がひとつだけの細胞集団です。
(注9)CD40L発現EL-4細胞:CD40リガンド(L)は主に活性化されたT細胞に発現しますが、これを足場になるEL-4というマウスT細胞に導入した細胞です。
(注10)IL-2、IL-10:サイトカインの一種でB細胞の活性化や機能発現に作用する液性物質です。
(注11)CpG:B細胞を刺激可能な物質です。
(注12)MT-2とHCT-5:MT-2はHTLV-1で腫瘍化したヒト臍帯血由来T細胞株でHCT-5はHAM由来のHTLV-1陽性のT細胞株です。
(注13)CD70やICAM-1:CD70は活性化したT細胞、B細胞、NK細胞等の表面に発現します。ICAM-1は細胞同士が接着する際に重要な接着分子です。
(注14)TGF-β:サイトカインの一種で様々な細胞の機能を抑制的に作用し、Tregの誘導にも関与します。
(注15)免疫チェックポイント関連分子PD-L1/2:T細胞上のPD-1に結合してT細胞機能を抑制する作用を示します。
(注16)Transwell:細胞同士が直接接触しないように培養上部にポアフィルターで隔てられたウエルを設け上下で培養する装置です。液性因子のみフィルターを通過できる仕組みです。
(注17)Foxp3やTIGIT:Foxp3は代表的な制御性T細胞の細胞内マーカーです。TIGITは抑制性受容体の一種で制御性T細胞表面に発現します。
(注18)ヘルパーT細胞(Th)サブセット:CD4陽性ヘルパーT細胞の亜集団で機能別に種々のサブセットが分類されています。
【 本研究について 】
本研究は科学研究費助成事業のサポートを受けており、グラント番号はJSPS KAKENHI Grant Number JP22K08552となります。
【 問い合せ先 】
名 前 中村 英樹(なかむらひでき)
所 属 血液膠原病内科
所在地:〒173-8610 東京都板橋区大谷口上町30-1
TEL: 03-3972-8111 内線 2400
E-mail: nakamura.hideki@nihon-u.ac.jp
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データ提供:大学プレスセンター
【日本大学】難病同士の合併 メカニズムを日大が解明