岩手医科大学外科学講座:佐々木智子医師、同・臨床腫瘍学講座:岩谷岳教授、同・医歯薬総合 研究所・医療開発研究部門:西塚哲教授らの研究グループは、札幌医科大学医学部附属研究所がん 研究所ゲノム医科学部門:時野隆至教授、同・医療人育成センター生物学教室:佐々木泰史教授ら と共同で、血液中を流れる患者特有のがん由来DNAの超高感度検査により再発の有無を従来の検 査より正確に診断する方法を明らかにしました。この成果は2025年2月5日に米国外科学会公式 機関誌「Annals of Surgery Open」の電子版に公開されました。
【研究成果のポイント】
⚫ 血液中を流れるがん由来のDNA(circulating tumor DNA, ctDNA)を用いた血液検査は、従来のCT検査や腫瘍マーカー検査に比べ、高い精度で大腸がん術後の早期再発発見、無再発状態の確定に役立つことを明らかにしました。
⚫ 患者さんごと個別のctDNAを超高感度検査であるデジタルPCRを用いて血液検査で追跡する手法で、日常診療で利用しやすい検査システムの開発につながりました。
⚫ 術後の再発リスクの予測や早期再発発見のほか、大腸がん術後経過観察におけるCT検査を削減できる可能性も明かにしました。
【背景】
がんの手術後は再発があった場合に早期発見・早期治療により予後を改善する目的で定期的なフォローアップ(術後サーベイランス)が行われます。現在の大腸がん治療ガイドラインでは、術後5年間は6〜12ヵ月ごとのCT検査と3〜6ヵ月ごとの腫瘍マーカー(CEA)検査を含むサーベイランスが推奨されています。CT検査では放射線被爆や造影剤による副作用など身体的負担をともなうほか、1cm 以下の再発病変の診断は難しく、また炎症性変化など良性病変とがん病変の区別が困難な場合もしばしば見られます。血性腫瘍マーカー検査は採血のみの簡便な検査であり日常診療で広く用いられていますが、実際にはがんがないのに検査結果が「陽性」と出る偽陽性や逆にがんが増大しているにもかかわらず「陰性」と出る偽陰性もしばしば見られます。したがって、がん診療では体の負担が少なく体内がん細胞の有無を正確にくり返し判定できる検査が求められています。
われわれは患者さんごと個別のctDNAを血液検査で追跡する「超高感度個別化腫瘍マーカー検査」を開発し、様々な悪性腫瘍で「早期再発予測」、「治療効果判定」、「無再発の確証」について有効であることを明らかにしてきました(Iwaya T, et al, Gastroenterology, 2021; Yaegashi M, et al, Br JCancer, 2021; Fujisawa R, et al, Carcinogenesis, 2021; Tamura D, et al, Cancer Sci, 2024; Abe M etal, J Mol Diagn, 2024, Sasaki T, et al, Cancer Sci, 2025)。 本研究ではわれわれの血液検査システムが大腸がん術後サーベイランスという臨床現場で役立つかを評価しました。
【方法】
2016 年 3月11 日から2018年6月20日までに当院で大腸がんに対する原発巣切除術が行われ、術後3年以上が経過した52名を対象に、定期的なCT検査、CEA検査に加えctDNA検査を用いた術後サーベイランスを行いました。遺伝子解析の方法は、手術で切除された原発巣組織について次世代シーケンサー(NGS)を用いた遺伝子変異プロファイリング検査を行い、検出された個々の患者さんに特有の変異から少数を選定後、デジタル PCR を用いて高感度血液検査を行いました。
【結果】
観察期間の中央値は1,503 (322-1951)日で、術後無再発を維持している患者は42名、再発は10名に認めました。ctDNA検査は合計867回、患者1名あたり平均16.7回行われました。無再発患者では術後1カ月の初回検査でctDNAは陰性化し、以後も陰性を維持しました。一方、再発患者10名では無再発患者に比べctDNA陽性の採血ポイントが有意に多く認められました(114回 vs 27回, P< 0.0001)。 再発患者では、CT検査での再発診断に182 (0-376)日先行してctDNAの陽性化が見られました。一方で既存の腫瘍マーカー検査であるCEAは無再発患者で陽性(基準値以上)と判定される偽陽性、再発があるものの陰性(基準値以下)と判定される偽陰性が多く見られました。再発および無再発の診断精度は、ctDNA検査で感度: 85.7%、特異度: 97.6%、CEA検査で感度: 64.3%、特異度: 61.9%とctDNA検査が優れていました。 術後初回採血でctDNAが陽性の患者(n=4)は、陰性患者(n=43)よりも有意に高い再発リスクを示しました(ハザード比:39.6, P < 0.0001)、また術後サーベイランス中に1回でもctDNAが陽性の患者(n=9)は、ctDNA 陰性が持続した患者(n=38)よりも有意に高い再発リスクを示しました(ハザード比:56.3, P < 0.0001)。 これらの結果は、術後初回のctDNA検査で高い精度で再発を予測できますが、ctDNA 検査を継続することでさらに診断精度が上昇することがわかりました。
本研究では、CT検査による画像診断も計382回(患者1人あたり年3.3回: 3~4か月ごと)と通常より多く行い、ctDNA検査による再発診断と比較しました。CT検査を3か月ごとから1年にごとに延長した場合、理論上164(0-267)日の再発遅延が生じますが、再発診断に339 (42-533)日先行してctDNA陽性化が検出されることが予測されました。
【結論】
患者さんごと個別のctDNAを用いた超高感度血液検査は、現在大腸がん術後サーベイランスで用いられているCT検査やCEA腫瘍マーカー検査より、高い精度で再発・無再発を診断できることが示されました。手術後のctDNA検査により再発リスクの予測が可能であり、検査継続により早期再発診断が可能であることが示されました。
【今後の展望】
⚫ 個別化ctDNAを用いた超高感度血液検査を用いることにより、再発発見の遅延を心配することなく、大腸がん術後サーベイランスにおけるCT検査を削減でき身体的・経済的負担を低減できる可能性があります。
⚫ 再発リスクの高い大腸がん患者では、再発予防を目的として術後補助化学療法が行われます。術後のctDNA検査により補助療法が必要な人と不要な人を選別することが可能であり、さらにctDNA 検査を追跡することにより適格なタイミングで再発治療を行うことで、予後の改善や治療の副作用の軽減が期待されます。
⚫ がんに対するctDNAモニタリング検査は、岩手医科大学附属病院で2022年4月より「OTS-アッセイ」(自由診療)として開始しています。ご興味のある方は下記ウェブサイトをご参照ください。
https://www.hosp.iwate-med.ac.jp/hospital/gancenter/service/ots.html
【研究資金】
この研究は、科学研究費助成事業(KAKENHI)、圭陵会共同研究助成、岩手県研究助成、および
AMED(日本医療研究開発機構)による支援を受けて行われました。
【用語解説】
- Circulating tumor DNA (ctDNA):がん細胞から血中遊離した、短く断片化されたDNA。
- デジタルPCR:デジタルPCRはサンプル中に含まれる個々の分子の数をカウントして定量を行う技術で、従来のPCR法に比べ正常サンプル中に0.01%程度などのわずかに含まれる希少な分子を同定・定量することが可能な手法。
- 術後サーベイランス:手術後に患者の病状を監視・評価するための診察や検査。主に、手術で病変が取り除かれた後の再発の早期発見や治療効果を確認するために行われる。
- CEA: 癌胎児性抗原(Carcinoembryonic antigen)は、がん細胞や炎症などで増加することがあるタンパク質で、血液検査で測定され、特に大腸がんなどの診断や経過観察に利用される。
- 次世代シーケンサー:DNAを断片化し、増幅させた後に塩基配列を特定する手法。サンプル中に生じている遺伝子異常を広く解析するプロファイリング検査に適する。
【原著論文】
発表雑誌名: Annals of Surgery Open
論文タイトル:Impact of sensitive circulating tumor DNA monitoring on CT scan intervals during postoperative colorectal cancer surveillance
著者:
Tomoko Sasaki, MD, PhD1, Takeshi Iwaya, MD, PhD2, Mizunori Yaegashi, MD1, Masashi Idogawa,MD, PhD3, Hayato Hiraki, PhD4, Masakazu Abe, MD4,5, Yuka Koizumi, MD1,4, Noriyuki Sasaki, MD,PhD1,4, Akiko Yashima-Abo, MD, PhD4, Ryosuke Fujisawa, MD1, Fumitaka Endo, MD2, Shoichiro Tange, PhD3, Koki Otsuka, MD6, Akira Sasaki, MD1, Mari Masuda, PhD7, Masashi Fujita, PhD8,Hidewaki Nakagawa, MD, PhD8, Fumiaki Takahashi, PhD9, Yasushi Sasaki, MD, PhD10, Takashi Tokino, PhD3, and Satoshi S. Nishizuka, MD, PhD4
所属:
1) Department of Surgery, Iwate Medical University School of Medicine, Yahaba, Iwate, Japan
岩手医科大学 外科学講座
2) Department of Clinical Oncology, Iwate Medical University School of Medicine, Yahaba, Iwate,Japan
岩手医科大学 臨床腫瘍学講座
3) Department of Medical Genome Sciences, Research Institute for Frontier Medicine, Sapporo
Medical University, Sapporo, Japan
札幌医科大学 医学部附属研究所がん研究所 ゲノム医科学部門
4) Division of Biomedical Research and Development, Iwate Medical University Institute for
Biomedical Sciences, Yahaba, Iwate, Japan
岩手医科大学 医歯薬総合研究所 医療開発研究部門
5) Department of Urology, Iwate Medical University School of Medicine, Yahaba, Iwate, Japan
岩手医科大学 泌尿器科学講座
6) Department of Advanced Robotic and Endoscopic Surgery, Fujita health University School of
Medicine, Toyoake, Aichi, Japan
藤田医科大学 先端ロボット内視鏡手術学講座
7) Division of Cellular Signaling, National Cancer Center Research Institute, Tokyo, Japan
国立がん研究センター研究所 細胞情報学分野
8) Laboratory for Cancer Genomics, RIKEN Center for Integrative Medical Sciences, Yokohama,
Japan
理化学研究所 生命医科学研究センター がんゲノム研究チーム
9) Division of Medical Engineering, Department of Information Science, Iwate Medical University Center for Liberal Arts and Sciences, Yahaba, Iwate, Japan
岩手医科大学 教養教育センター 情報科学科 医用工学分野
10) Biology Division, Department of Liberal Arts and Sciences, Center for Medical Education, Sapporo Medical University, Sapporo, Japan.
札幌医科大学 医療人育成センター 生物学教室
Corresponding Author: Takeshi Iwaya
責任著者:岩谷 岳
【研究に関する問い合わせ】
岩手医科大学臨床腫瘍学講座 特任教授 岩谷 岳(いわや たけし)
電話 019-613-7111 メール tiwaya@iwate-med.ac.jp
岩手医科大学医歯薬総合研究所医療開発研究部門 特任教授 西塚 哲 (にしづか さとし)
電話 019-651-5111 メール snishizu@iwate-med.ac.jp
【広報に関する問い合わせ】
岩手医科大学 総務部総務課広報係
電話019-651-5111 メール kouhou@j.iwate-med.ac.jp
札幌医科大学事務局 経営企画課企画広報係
電話011-611-2111(内線21650) メール kouhou@sapmed.ac.jp
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データ提供:岩手医科大学