東京医科大学(学長:林 由起子/東京都新宿区)医療データサイエンス分野 田栗正隆主任教授と修士課程2年 鈴木徳太大学院生らの研究グループは、昨今注目を集めている日常診療に基づくリアルワールドデータを用いたデータベース(database; DB)研究において、疾患発生を特定するためのアウトカム定義を選択する際に用いられる既存基準の性質と問題点を明らかにしました。さらに既存基準が抱える問題を解決し、薬剤使用などの曝露の有無ごとに疾患発生割合(リスク)をより正確に推定可能な基準を提案しました。
【概要】
東京医科大学(学長:林 由起子/東京都新宿区)医療データサイエンス分野 田栗正隆主任教授と修士課程2年 鈴木徳太大学院生らの研究グループは、昨今注目を集めている日常診療に基づくリアルワールドデータを用いたデータベース(database; DB)研究において、疾患発生を特定するためのアウトカム定義を選択する際に用いられる既存基準の性質と問題点を明らかにしました。さらに既存基準が抱える問題を解決し、薬剤使用などの曝露の有無ごとに疾患発生割合(リスク)をより正確に推定可能な基準を提案しました。
本研究成果は、米国Lippincott Williams & Wilkins社が発刊する疫学専門誌『Epidemiology』のオンライン版に掲載されました(日本時間2024年8月7日公開)。
本成果は、これまで明確な根拠に基づいた基準が存在していなかったアウトカム定義の選択に関する新しい方法論を提供しました。これにより、より質の高いデータベース研究の実施につながることが期待されます。
【本研究のポイント】
・アウトカムの誤分類が曝露群間で等しい(非差異的である)場合に、Youden indexは疾患発生割合の差(リスク差)のバイアスを最小化することを明らかにしました
・Youden indexを含む2つの既存基準が疾患発生割合そのもの(絶対リスク)の推定に大きくバイアスをもたらす状況を明らかにしました
・上記の問題を解決し、バイアスの小さい絶対リスクの推定を可能にする基準を提案しました
【研究の背景】
医療情報DBを用いたDB研究の実施は、情報技術の発展やリアルワールドデータへの関心の高まりに伴い、国内外問わず増加しています。一般にDB研究は大規模であり、時間的・金銭的な効率性や研究の一般化可能性の観点等、多くの利点があることが指摘されています。しかしながら、研究目的に取集したデータでないことから、疾患発生の有無などのアウトカムに関する変数情報が不正確になりやすいという問題があります。
DB研究では、研究対象集団・曝露・アウトカム・交絡因子をDBに記録されている情報を用いて定義することが一般的であり、特にアウトカム定義による疾患有無の判定がどの程度真の状態を捉えているかは非常に重要です。日米の医薬品規制当局は、複数のアウトカム定義を感度や特異度、陽性的中率といった指標を用いて評価し、それらの指標が大きく最も適切であると考えられる定義を選択することを推奨していますが、具体的な選択基準については言及していません。
そこで本研究では、感度と特異度を用いたアウトカム定義の選択に注目し、DB研究の最大の目的の1つである曝露とアウトカムの関係性に関わる指標のバイアスの大きさの観点から既存基準を再評価し、その問題点を解決する新たな基準を提案することを目的としました。
【本研究で得られた結果・知見】
1. アウトカム誤分類が非差異的である場合、Youden indexはリスク差のバイアスを最小化する(図1)
異なるアウトカム定義にわたる感度と特異度の関係を示したROC曲線においては、判定が完璧である状況を示す感度(真に疾患がある場合に、疾患ありと判定する確率)と特異度(真に疾患がない場合に、疾患なしと判定する確率)が共に1である点に最も近いペアを選択する基準(図1①)と、Youden indexと呼ばれる対角線からの最大距離をとるペアを選択する基準(図1②)が用いられています。本研究では、興味のある薬剤使用などの曝露とアウトカムが共に二値変数であり、アウトカム定義による誤分類が他の変数に依存しない非差異的誤分類の場合、リスク差のバイアスの期待値は、(真のリスク差)×(感度+特異度-2)となることを示しました。Youden indexは(感度+特異度-1)が最大であるペアを選択する基準であるため、Youden indexによって選択されたアウトカム定義を用いた場合、リスク差のバイアスは最小化されます。
2. 既存基準の問題点の指摘、および新たな選択基準の提案(図2)
疫学や公衆衛生においては、曝露とアウトカムの関連性を示すリスク差やリスク比だけでなく、絶対リスクも意思決定を行う際に重要な指標です。曝露群と非曝露群の絶対リスクの推定に対するバイアスは、前述の仮定の下で感度・特異度とそれぞれの群のリスクの真値を用いて表現され、バイアスが一定の値になる状況は、ROC曲線と共に直線で図示することが可能です。
図2中の直線は、それぞれ曝露群と非曝露群(曝露群のリスクの方が大きい場合、赤色が曝露群、青色が非曝露群に対応)の絶対リスクの推定結果にバイアスが含まれない感度と特異度の関係を図示したものであり、これらの直線とROC曲線の交点に対応する感度・特異度を示すアウトカム定義を選択した場合には、DB研究において絶対リスクをバイアスなく推定可能です。また、直線から上下に離れた点を選択するほど推定結果は不正確なものとなります。
既存基準が問題となるのは、図2で示すように、既存基準によって選択される点(①, ②)と、2本の直線とROC曲線の交点が大きく離れる場合です。そこで我々はこの問題を解決するために、絶対リスクのバイアスの二乗和を最小化する基準を提案しました。これにより、絶対リスクの推定結果には大きなバイアスが含まれず、またリスク差・リスク比は絶対リスクの差・比として定義されるため、結果としてこれらの因果効果を示す指標も正確に推定されることが期待されます。
【今後の研究展開および波及効果】
本研究により、これまでアウトカム定義の選択に慣習的に用いられていた既存基準の性質を曝露とアウトカムの関係性に関わる指標のバイアスの大きさの観点から明らかにしました。提案基準を含め、研究目的に応じて適切な基準をアウトカム定義の選択に用いることで、より質の高いデータベース研究の実施につながることが期待されます。
【掲載誌名・DOI】
掲載誌名:Epidemiology
DOI:10.1097/EDE.0000000000001756
【論文タイトル】
A new criterion for determining a cutoff value based on the biases of incidence proportions in the presence of non-differential outcome misclassifications
【著者】
Norihiro Suzuki*, Masataka Taguri(*責任著者)
【主な競争的研究資金】
文部科学省 科学研究費 科研費基盤(B) 19H04072(田栗正隆)
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【東京医科大学】薬剤使用群ごとの疾患発生割合をより正確に推定可能なデータベース研究におけるアウトカム定義の選択基準を提案 ~質の高いデータベース研究実施につながることが期待~